SELECT by BAYCREW’Sを綴る。#7 岡本真帆
偶然に、心を乗っ取られたい
私たちはだいたいいつも急いでいる。目的地へ、少しでも速く、少しでも無駄なく向かおうとしてしまう。スマートフォンで最短ルートを検索し、予定の合間を縫うようにして分刻みで移動する。効率という名の直線の上を滑るように生きるのは、たしかにスマートだけれど、ふとした瞬間にひどく疲れている自分に気づくことがある。それは心を置き去りにしているからかもしれない。
本来、買い物という行為はもっとわくわくに満ちた冒険のような時間だったはず。それなのにいつの間にか、必要なものを補充するためのタスクになってしまっている。そのことに気づいて愕然とすることがある。急ぎすぎているし、消耗している。そのやり方だけじゃ、何かが痩せ細っていく気がする。
先日、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーにある〈SELECT by BAYCREW’S〉を訪れた。広々とした店内に足を踏み入れた瞬間、私のなかの「効率」という直線が、ゆらりと心地よく揺らぐのを感じた。そこにはファッションだけでなく、自転車やアートブック、ギャラリーなどが共存していて、たとえお目当てのものがあったとしても、そこへ一直線に向かうのではなく、寄り道をしてみませんか、とやわらかく誘惑してくれる空間になっている。
そこで私は、ロブスターのマークのワッペンがついたキャップに出会った。
ロブスターのキャップって、一体なんなんだろう。二度見して、心のなかで突っ込みながらも、どうしても気になった。手に取って、鏡の前で被ってみる。すると、不思議なことが起きた。とっても似合っているのだ。それまでのよそ行きだった、かすかに強張っていた表情が、一気に緩む。そうだ、私はこういう、ちょっと変でおもしろいものが好きだったんだ。私はこのとき、自分が本来持っているのに忘れていた、ご機嫌な輪郭を取り戻した。
〈SELECT by BAYCREW’S〉は日々ラインナップを変えていく。取り扱うものが入れ替わり、展示が変わり、空間が少しずつ移ろってゆく。そしてそれを見ている私も、生活のなかで日々変化している。どんなものを食べたか。何を読んだか。誰と会ったか。選択の積み重ねと組み合わせによって、その日その時、何に心が動くかは変わっていく。
お店も、私も、どちらも揺れ動いている。その揺れが、あるとき重なる。ビビッとくる。そのとき、私はものを買う。偶然の出会いを祝福したいとき、手を伸ばしてしまうのだと思う。ご縁のようなものが、じんわりうれしいから。

昨年の夏、広い部屋に引っ越した。数年続けていた二拠点生活を終わらせて、東京のセカンドハウスをメインの拠点に変えることにしたのだ。そのセカンドハウスは、もともと家具が何もない状態からのスタートだったから、置きたいものを自由に選び直せた。昔はインテリアのセンスのなさに絶望していたけれど、友人の家を訪ねたり、インスタグラムで素敵なお部屋の写真を見たりするうちに、こんな部屋にしたい、というぼんやりとした理想が描けるようになってきた。
転機は、明るいオレンジ色の絵を一枚迎えたことだった。壁に飾った瞬間、私のなかの色彩感覚が動き出す。もともと好きで取り入れていた家具の青、観葉植物の緑。そこにオレンジ色が加わったとき、部屋がパッと明るくなった。
この絵がもっと映えるお部屋にするにはどうしたらいいだろう。そこから大胆な色のアイテムを少しずつ部屋に導入し始めた。オレンジと青は、案外喧嘩しない。だったら、と、思い切ってオレンジ色の椅子やランプを増やしてみたり、ラグをブルーとホワイトのチェック柄にしてみたり、ソファに掛けるブランケットをあえて鮮やかな柄物にしてみたりした。家具のブランドも、全て統一しているわけではなく、その時々で心惹かれるものを足していく。そこに植物の緑が加わっても、調和しているように見えるから不思議だ。厳密に見ればすべてが揃っているわけではない。けれど偶然手に取ったものたちが、同じ空間でなぜか安定して見える。完璧じゃなくていい。偶然も含めて、部屋が少しずつ育っていく感覚が、私はたまらなく好きだ。
だからだろうか、店内を歩いていると、色の弾けるアイテムに次々と心が躍った。蛍光色のハンドメイドのペン立て。複数の布が組み合わされた、カラフルなポーチ。きっと部屋にも馴染むだろうなあ、とか、あのお洋服と組み合わせたいなあ、と想像が膨らむ。私はこういうものが好きだったのか、と発見するたびに、じわじわとうれしくなる。小さな驚きを愛せるようになってきたのだと思う。かつては自分に似合うかどうかばかりを気にしていた。けれど今は、好きかどうか、その一点で選ぶ瞬間が増えた。自分が好きなものを信じているから。
買い物をして、新しい靴や服を身にまとい、理想の部屋で暮らす自分を想像する。そのとき、私の足取りは確実に軽くなっている。一瞬でも、自分の未来が明るいことを思い出せる。確信というのは最初から持っているものではなく、いろんなものに出会うなかで、少しずつ磨かれていくものなのだと思う。私は、自分の予想を超えてくるものに心を乗っ取られたい。効率のなかで忘れそうになる、遊びの心を目覚めさせたいのだ。本来の目的を忘れて、寄り道に夢中になる。そんな偶然との出会いを、これからも祝福しながら生きていきたい。
オーガスタ大きく伸びて思惑の届かぬ場所へ 揺れていいんだ

