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CULTURE | 2024.10.2

SELECT by BAYCREW’Sを綴る。#3柴田聡子

Text: Satoko Shibata / Illustration: Vert / Edit: Emi Fukushima
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「言葉と、靴から、日本を知る」

 日本語はほんとうにむずかしいなあと最近よく思う。日本で生まれ育って、使えるようになった気がして使ってきたものの、言葉を繋げてみてもうまく意味や意思を表現できなかったり、ある言葉の意味を巡ってだれかとすれちがってしまったり、そういう場面が多い。またこの頃は俳句や短歌、歌詞、自由詩など、日本語で創作をする方との交流の機会にも恵まれて、その方々の研ぎ澄まされた日本語の使い方、一字一字の役割への細やかな意識に触発されて、より丁寧に日本語を扱いたいと思うようになった。

 学び返してみると、目から鱗のことだらけである。言語はやっぱりすごい発明で、日本語も他の言語と同じように面白みが深い。そして、他に理解できる言語といえば英語くらい、それも理解まで至っているとはとうてい言い難いレベルなので予感が合っているかどうかは怪しいけれど、他言語と比較してみても、日本語にはなんとなく独特の雰囲気があり刺激的。日本に生まれていなければ、日本語に触れる機会はそう多くはなかったんだろうと思うと、いま日本に居ることをよかったなと捉えられるようにまでなってきた。自分で生活を築いて以降特に、日本のなんだかなあと思う部分にばかり注目して重い心持ちが続いていたから、快く感じる面を知って救われている。

 偶然そんな心情を持ちながらSELECT by BAYCREW’Sを訪れることができたのは幸運だった。そこには、アートギャラリーでの展覧会や本、眼鏡、洋服、靴、雑貨、それらにとどまらない幅広い企画展示、とさまざまな売り場が展開され、さらにはそのどの場所もが頻繁にコンセプトや内容を変化させながら動き続けている。ひと月で二度足を運んだが、がらっと変わっているところもあれば、グラデーションを描くように淡いちがいが加えられているところもあり、繊細にみどころが散りばめられていて、来る度にたのしい場所である。

 二度目は、ありがたくもそれぞれの売り場の担当の方に話を聞きながら回ることが出来て、これが心踊る体験だった。たしかな知識に基づいて、置いてある商品や内装に至るまで、それぞれの持つ物語を紹介してくださるのだ。世界中から集まったアイテムのなかに日本の製品も多くあった。日本語を見直す過程で、日本そのものにも興味が湧いてきて、日本で企画・制作されているものも積極的に使ってみたいと望んでいたから興味津々で話を聞いた。すごい作り手や考えを持った方がたくさん居る。鯖江で、サンプラチナという素材を加工して眼鏡を作っている職人さんの工房にお邪魔した時の記憶が蘇ってくる。終わりなく技術を磨きつづけている姿は忘れられない。その方のまわりには、伝承や文化を時代を見ながら支えていく方たちも居た。自分の耳目に入って来る情景からだけでもすごい情熱を受けとるのだが、その背後に控える、言葉にならない、かたちにあわれない膨大な歴史や試みが自然と伝わってきて、凄みを感じた。それがどこか軽やかであったのも印象深かった。

 スニーカーを扱う〈Herringbone Footwear〉というセクションに入った時、履き始めて5年くらい経つのに、一向に壊れもすり減りもしないナイキの黒い「エア ハラチ」のことを思い浮かべた。履ける履けると履きまくっていたものの、先日、大雨に遭った日にぐしゃぐしゃに濡れてぐったり崩れかけた「エア ハラチ」を見てショックを受け、さすがに新しいものを探し始めたところだった。(ちなみに洗浄・乾燥ののちに復活して、いまも履いている。すごい)

 担当の方に今おすすめのスニーカーを聞いてみると、「ミズノです」と即答された。ここでも日本のメーカーが出てきて驚きの声をあげ、すぐ見に行った。「WAVE PROPHECY LS」という商品を紹介していただく。ソール部分は、跳び箱を跳ぶ時に使う踏み切り板のようなつくりになっていて、衝撃を吸収・反発させるような空白の部分があり、足を包む部分が宙に浮いている感じ。側面やかかと部分には光沢のある頑丈な素材が使われていて、リフレクターがきらりと光り、同じ店内に並ぶナイキやアディダスの定番のスニーカーとはまた一味ちがう迫力を放っていた。隣で展開されていた、同じく日本のメーカー、アシックスのスニーカー群もいっしょになってじわじわとエネルギッシュな雰囲気を醸し出している。ミズノやアシックスは、日本生まれの自分にとってはむしろスニーカーの原風景。どこかなつかしさを覚えながらも確実に進化を遂げたスタイルで静かに圧倒してくるのに高揚した。胸がざわっとする違和感を備えながら、どっしりと地を踏んでいる印象がとても格好いい。

 すこし後ずさりしてしまうくらいの魅力。これを自分がはきこなせる自信が無いなともじもじしていると、「履いてみると魅力が分かります。ほんとうに履きやすいんです」と背中を押してくれたので履いてみることにした。こういうことはお店ならではのコミュニケーションですごくありがたい。インターネットで見ていたらあきらめていたかもしれない。なかなか、衣服や靴を格好いいだけには振り切れない自分の性格上、実が伴ってくれているという情報もうれしい。そしてその言葉はほんとうだった。最高に履きやすく、足がすいすいと前に出ていく。活力溢れるビジュアルも意外にもすんなり馴染んでくれた。ロマンチックな靴を心地よく履けるなんて感動。

 身につけることで、見ているだけでは知り得ない良さが伝わってくる製品に出会った時、幸せだと思う。丁寧に実験や議論を重ねて作ってきたことが自ずと分かる。履いてみてよかった。よろこびに包まれながら鏡を見ていると、担当の方がどんな開発の経緯があったのかを伝えてくれて、さらに幸せが膨らんでいく。この物語に励まされる日がきっと来る。例えば緊張する場面に向かう日、不安になりながら靴を履いて立ち上がった時にそんなことがありそう。心強いな。自分にとってファッションはそういう存在で、いつも助けられている。普段履いているサイズがなかったことから、スニーカーによっては少しサイズを上げて履くこともあることなど、靴についてのあたらしい知識も得た。「これを履いているときの乗り換え、すごく速く走れるんですよ!」という日常に寄り添う面白いエピソードを熱をこめて語ってくれたことが決定打となって、購入。またここで靴を買いたいと思った。

 日本語の再習得からの流れを持って、日本の製品制作の良さをたっぷり味わう気持ちのいい一日となった。この日以来、「WAVE PROPHECY LS」を履いている日、電車を乗り換える時は小走りをするようにしていて、ほんとうに速く走ることが出来るので、毎度新鮮に驚いている。