「“映画”のような空間で、シティーボーイを気取ってみる」
ボクは十六才の頃、ひょんなことから俳優さんになってしまった。たまたま、友達に誘われて受けた映画のオーディションに、受かってしまったのだ。そして、その勢いで俳優さんになってしまった。何度も「しまった」と書くと、後悔しているようだが、そうじゃない。時は1970年代。九州の田舎の少年にとって、映画に出るとか俳優になるとか、将来の進路選択に一ミリもなかったので、本当に「なってしまった」ってのが本音だ。
初めて体験した映画の現場は、田舎の少年にはカルチャーショックだった。プロフェッショナルな映画のスタッフが集い、どんどん撮影は進む。製作部、美術部によって事前に準備された撮影現場に、キャメラをセットして、照明をあて、録音部はマイクを突き出す。そこに衣装を着せてもらいメイクをしてもらったボクが、放り込まれる。初めての撮影現場は、それはそれは楽しくて、あっという間の五十日間だった。
そのプロフェショナルなスタッフによって制作された映画は、「総合芸術」といわれる。各パートのスタッフが、何ヶ月も前から準備を重ねて撮影する。撮影された素材を、今度は編集して完成させる。完成した作品を、宣伝して映画館に売り込み上映にこぎつける。ようやく皆さんに観ていただくことになる。そしてここから、さらに映画の可能性(総合芸術)が広がる。それは、観ていただいた皆さん、それぞれの着眼点が違ってくるから。
例えばである。ある人は、雨の中、ロングショットで捉えた少女の顔で号泣し、キャメラマンを目指すだろう。ある人は、アップの主人公の顔に、絶好のタイミングでかかる音楽に、銃で撃たれたような衝撃を受け、録音技師、或いはミュージシャンを夢見るだろう。またある人は、過去にキズのある主人公の顔の、陰影ある照明に震え、照明部に飛び込むだろう。食堂のシーンで、登場人物が美味しそうにラーメンを食べていたらお腹を鳴らし、フードコーディネーターになりたいと思うだろう。その食堂の、リアルにつくり込まれたセットに感動する人もいるだろう。女優さんのスカーフの巻き方を真似し、衣装部やスタイリストを志す人もいるだろう。はたまたある人は、出来上がった映画のポスターやチラシ、宣伝まわりに興味を示し、アートディレクターや映画配給に進むだろう。もちろん、映画監督やプロデューサー、俳優さんになりたいと思う人もたくさんいるだろう。そんな感じで、映画って観る人によって観るポイントが違ってくる。まさに「総合芸術」なのである。
十一月の某日。SELECT by BAYCREW’Sにお邪魔した。いきなり、広いフロアに驚いた。まずはエスカレーターで三階へ。早速アメリカンブランドの〈NOAH〉がお出迎え。隣のレセプションコーナーには、ハイブランドの厳選されたビンテージバッグや時計が並ぶ。ぐるりと回遊できる売り場には、ドメスティックブランドから海外ブランド、オーセンティック、ラグジュアリーブランドが目を楽しませてくれる。フットウェアの〈Herringbone Footwear〉と、アイウェアの〈EYETHINK〉、ウィメンズのヴィンテージデニムの品揃えには舌を巻いた。特筆すべきは、アートのコーナー。洋書から写真集、ひねりの効いたグッズが並んでいる。ボクが来店した日は、ラッキーにもソール・ライターの写真展が開催されていて、ミッドセンチュリー好きなボク達オヤGは狂喜乱舞する。あ、名古屋のサイクルショップ、〈Circles〉の東京初出店も見逃せない。
ヤバい。完璧に持っていかれた。何を隠そう、ボクは俳優さんになる前は、シティボーイになる予定だった。シティボーイになって、こんな所でお買い物したかったのだ。センス溢れる什器の店内に、上品な接客をするショップスタッフ。「久しぶり。最近何か目ぼしいもの入った?」などと常連を気取ってお買い物。ここでは、ゆったりとした売り場に、沢山の椅子やソファが設置され、座って対面で接客を受けることが出来る。ああ、なんてアーバン、シティボーイ!
二階に降りて更に驚いた。映画のスタジオセットよろしく、まさに「家」なのだ。エントランスがあり。瀟洒なアンティーク家具が並ぶリビング、キッチン、ベッドルーム。バスルームを模したフィッティングルームまである。
興奮したボクは、気を落ち着かせるため、系列のカフェへ。アイスカフェラテで乾いた喉を潤し、回想する。ここへ来ると、ある人はお洋服に、ある人はアートに、またある人はメガネにスニーカーに自転車に、触手を伸ばすだろう。それぞれがそれぞれのモノに興味を示すだろう。
え、これって映画じゃん!
ここは、来てくれた方々を、楽しませようと、驚かせようと、そして気持ち良くなってもらおうとアプローチしてる。まさに映画と同じ、総合芸術そのものだ。
ボクはここSELECT by BAYCREW’Sに足繁く通うことになるだろう。
だってボクは、俳優さんでシティボーイなのだから。