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CULTURE | 2024.6.5

SELECT by BAYCREW’Sを綴る。#1長井短

Text: Mijika Nagai / Illustration: Vert / Edit: Shigeo Kanno
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「今の私を映す店」

忙しいと便利ばっかりになる。1秒でも多く寝たいから着る服はジャージ。朝ごはんはコンビニのコーヒーとおにぎりで、絶対に靴ずれしないボロボロの靴でロケバスに走り込む。それだけじゃあ足りなくて、もっと沢山眠るために髪が早く乾くタオルを買ってみる。全く同じブラトップをまとめ買いしたり、洗わないで済むようにタンブラーの数を増やしたり。あぁ助かるなぁと感じながら、圧倒的利便性に生かされていることが少し怖くなる。私ってこんなに、便利を愛する人間だっけ?むしろ逆だったはずなのに。不便こそ愛したかったのに。そんな余裕はなく、その余裕のなさはすぐに爆発する。もう便利とか無理!不便で無為で、コスパの悪い買い物をしないとバランスが取れないよ。意味なくお香とか焚きたいよ。むくむく高まる購買欲を諌めながらの仕事終わり、目の前に現れたのがSELECT by BAYCREW’S(以下SELECT)である。

虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの2階3階に店を構えるSELECTは、とにかく広い。どこからどこまでが店なのかわからなくなるほどに広い。でもその境界線のなさが、クタクタの自尊心にはありがたかった。私結構ボロボロだけど、こんだけ広いならうろうろしてても大丈夫っしょって気持ちになるのだ。さてと。私は絶対にここで何か買います。使いすぎて混ざりすぎて、黒くなってしまったパレットに新しい絵の具を絞り出すように、明日から彩度を取り戻せる何かを絶対手に入れる。それはなんだろう。仕事に使うわけだから、ちょっと羽織るものだとか、いい感じのカバンだとか、連日使えるものが良さそうだ。とりあえず全体像を掴もうと歩き始めると、服屋だと思っていたのにギャラリーが現れる。え、こういうのもあるんですか?入場無料、しかも作品の購入もできるというart cruise gallery by Baycrew’sは、いわゆる「ギャラリー」と比べてとても親しみやすい作りだった。気負いなく入れるそのスペースで写真を眺める。てか私、最後に展示見たのいつだっけ。全然思い出せない。脳がふわふわする。こんな風に、ただなんとなく何かを見る時間って久しくなかった。あー。意味ねー。意味ないってマジで最高。意味ない温泉じゃん、とかって本当にくだらない言葉が身体の中で跳ねる。その躍動は私の気分を明るくして、視界が開けるような心地だった。

服が欲しい。それも、とっておきのやつ。特別な一張羅。それだそれだ。気持ち新たに店内を歩き出すと、あまりにもいろんなジャンルの服が私を待っていた。一般的に服屋って「うちはコンサバ」「うちは80s」「うちはヨーロッパヴィンテージ」みたいにわかりやすくカラーを打ち出していることが多い。それに対してSELECTは、服屋ってよりレコード屋に近かった。「クラシックもジャズもヒップホップも、ロックもあるけど?レコ屋だし」そうだよねレコ屋だもんね。同じようにSELECTも「良いと思ったもんは全部あるけど?セレクトショップだし」っていう太い態度をとっているのだ。なんか目から鱗。堂々たる佇まいに背筋が伸びる。そして、問われているような気もする。「人間のお前は今、何着たいの?」そうだ今だ。今の私が何着たいかだ。日常を彩るとか一張羅とか、そういうのって長い目の話である。未来の自分を想像すること、それは現在の私を置き去りにすることとも言える。ここではそういうの、やめたいと思った。だってあまりにも、いろんな服がある。望めば何者にだってなれそうな守備範囲の広さはそのまま、自分の可能性に見える。美しい生地のワンピース。あまりにも派手なスカート。重たい帽子。私が選びさえすれば、貴婦人にもヤンチャなガキにも、怪しい生命体にもなれる。さて今は私は、何になりたい?背伸びか等身大。変身か研磨。さっき手放したはずの未来が360度、私を囲んでいて、未来は何も、前のみにあるわけじゃない。

目に留まった服や小物から値札を探しては捲る。その作業はくじ引きのようだった。「これは流石にそうよね」って、納得しつつも桁のデカさに笑けてくるものもあれば「あら、そうなの?」って一息つけるものもある。それぞれの現在にふさわしい値段が、広大なフロアのどこかで待っている。お店の眼中にきちんと自分も映っていると感じられることが嬉しかった。店内には年の近そうな女性もいれば、あんまり同じ店に入る機会がない高齢のご夫婦なんかもいて、みんな呑気な顔で服を見ている。虎ノ門に住んでる人、通ってる人、それってどんな人だろう。私とは、きっと全然違う生活を送っているんだろう。共通点なんてほとんどないのかもしれない。でも私たち、今同じ店にいるね。洗練された雰囲気を纏うお姉さんが、Sonic YouthのバンドTの前で立ち止まっている。え、私も好き。絶対聞いてる音楽とか違うと思ってたけど、それ私も好き。すれ違わないことで生まれてしまう偏見が、気付かないうちに持ってしまう先入観が、静かに溶けていくのを感じて、あと少し。あと少しで私たちは隣り合う。