デザイナー・ENZOさんに聞く、“人”を中心に考えた〈SELECT by BAYCREW’S〉の空間デザインのこと。
〈SELECT by BAYCREW’S〉のグランドオープンを間近に控えた2月初旬。什器や家具のインストールのためスタッフが慌ただしく動き回るなかにENZOさんの姿もあった。2フロア800坪にわたる広大なスペースのデザインを手がけた彼に、どんな空間になっているのか、案内してもらいながら話を聞いた。
それにしても、広い。まだアイテムが並んでいない空間を歩いていると、どこにいるのかわからなくなるほど。この空間にさまざまなセレクトブランドの世界観をつくっていくわけだが、いったいどこにデザインの起点があったのか? とっかかりとなるものはなんだったのか? と「?」だらけだ。
「SELECT by BAYCREW’Sの依頼を受けたのは2年ほど前なのですが、最初にみんなで話したのは、“グランド・キャニオンみたいな空間になったらいいな”って、ただその一つだけだったんです」と、ENZOさん。
というのも、グランド・キャニオンにはすべてがある、ということらしい。なるほど、生命の源ともいえる雄大な自然の地形、何色とも数えられない色彩、切り立つ崖のデザイン的な美しさ……そんなすべてを詰め込んだ空間という意味なのだろう。
「といっても、最終的にはグランド・キャニオンの要素は目に見える形ではあまり残ってないんですけどね」とENZOさんは少し肩をすくめながら、3階に位置する八角形をしたガラス張りの空間の前へと案内してくれる。ここは、レディースのセレクトアイテムが並ぶいわば<SELECT by BAYCREW’S>の“コア”となる空間なのだという。
「フロア全体の中心にどんと象徴的に構えているけれど、一歩足を踏み入れればクローゼットのような落ち着くことができる雰囲気を出したくて」とENZOさんが話すように、八角形の中に入ってみるとガラスがマジックミラーになっていることに気づく。外からの視線がさえぎられ、くるくるとアイテムを自分の体に合わせてみたくなるような心地よさ。壁には柔らかな色彩のペインティングが掛けられ、まさに“理想のクローゼット”なのだ。
そして、この空間から隣を少し覗くと、雰囲気ががらりと異なる景色が視界に飛び込んできた。〈Herringbone〉のシューズがずらりと並ぶ予定のスペースだ。床に仕掛けられたマンホールや、金網、ガードレール。スケートカルチャーの要素がたっぷりの遊び心あふれるスペースになっている。
背景の壁には、先ほどENZOさんから聞いたグランド・キャニオンをもとにしたペインティングが15メートル以上にわたって続いている。「この壁の絵は僕がデザインしたものを、長いお付き合いの“背景屋さん”に描いてもらったんです。普段は舞台美術などを手がける職人さんで、とっても信頼しているんです」
塗料で描かれた壁紙の上に、少し画質の粗い写真を使ったカッティングシートがコラージュされていて、すごく凝っている。手仕事とデジタルがミックスされたような面白さ(ぜひ近づいて見てみて!)。と、その壁画に見入って進んでいると、いつの間にかそこはメンズのセレクトアイテムの空間になっていた。各空間のデザインはまったく異なるのに、それぞれのブランドの世界観が緩やかにつながっていく感じだ。閉じていながらも開いているような、不思議さ。
「それはきっと、パーティションの建て方を工夫しているからかな。隠すべきところは隠しながら、それぞれの部屋が緩やかにつながる動線をつくっているんです。それと、例えば直線的な空間から曲線的な空間へ移動していく通路には、“球”のオブジェを置いたり、角度をつけてパーティションを配置したり、一直線にならない仕掛けをほどこしています。各空間が分断されずに自然なつながりを生むポイントですね」
空間設計にあたってはもちろん設計図を作成するわけだが、ENZOさんの頭の中では立体的に全体像が把握できているらしい。でもどうやって? 「人を想像するんです。ここに立っている人。歩いている人。そして、近くに寄ったり遠くに離れたりして観察しながら、ディテールと全体を交互に想像してバランスをとっていくんです」
遠近法で一枚の絵を描いているような感じかな……と、こちらも想像しながらENZOさんの話を聞いていると、「もう仕上げの段階だね!」と彼が声をかけたのは壁にペイント中だった〈Circles Tokyo〉のスタッフさん。「名古屋発の自転車屋さんが東京に初進出ということで楽しみです。彼らの世界観はすごく素敵だからそのまま活かして、僕はペイントが仕上がっていくのを毎日楽しみに見ているくらいなんですよ。では、隣の階段から2階に降りましょう」
階段は公共部分なのでENZOさんの仕事では当然ないのだが、ここまで見てきて、<SELECT by BAYCREW’S>の豊かな世界観が階段にまで届いているような錯覚がするほどだ。次はどんなふうになっているのかなと、ワクワク。2階へ降りるのが楽しみである。
「さあ、どうぞ。誰かのお宅にお邪魔する感じがするでしょう?」とENZOさんが言うのは、〈MUSE de Deuxieme Classe〉へのエントランス。木製の扉の雰囲気も、本当に誰かの家にお呼ばれしたような気分に。中に入ると玄関スペースがあり、エキゾチックなテイストのヴィンテージ家具やベース(壺)なども置かれている。どこからどこまでが商品なのかわからないほどに、居心地がいい。
奥に進み、「このキッチンの空間がとくに僕のお気に入りです」と、愛らしいピンク色のタイルでできたオブジェのようなパーティションを指差すENZOさん。空間に対して少し斜めに置かれたそのオブジェ、なんとも気の利いた役割を担っているのだそう。そう、裏側にまわってみると、そこにはフィッティングルームが隠れていた。
「このピンクのタイルを背景に、スタッフさんがSNS用の写真を撮れたらいいなと考えました。お客さんにとっては、フィッテイングルームに対して壁を斜めに置いたので閉じた空間ができて、試着した姿を他の人に見られることがない。このタイルの壁は表側ではキッチンであることを見せ、裏側ではプライベートなスペースをつくる仕掛けなんです」
さらに奥にはバスルーム付きのベッドルームが。ちなみにバスルームはフィッティングルームになっているという、なんとも楽しいつくりに。
「<SELECT by BAYCREW’S>に入るどのブランドも、コンセプターとして“人”を立てているのが特徴的です。ブランドの空間自体がまるで人のように見えてくるんじゃないかな」
それぞれのブランドの世界観がゆったりと心地よく紡がれていく空間には、ENZOさんがこだわったオリジナルの什器、セレクトした家具や照明、そしてアート。目移りしながらのんびりと買い物を楽しむ人の姿が目に浮かんでくる。さあ、<SELECT by BAYCREW’S>がいよいよオープンだ。