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高瀬真奈さん
ART | 2024.7.18

本城直季の写真展『Small Cruise』で「小さな地球」を巡航する。

〈art cruise gallery by Baycrew’s(以下、art cruise gallery)〉では、写真家・本城直季さん(以下、本城)のレトロスペクティブを巡航する個展『Small Cruise』が開催中。『small planet』から撮り下ろしの新作写真まで、キャリアを横断した35作品で構成される本展示の見どころとは?

Photo: Satoshi Nagare / Text: Nobuyuki Shigetake
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脳がミニチュアに“見せている”。

東京で生まれ育った本城は、東京工芸大学大学院芸術学研究科のメディアアート専攻を修了したのちに写真家としてのキャリアをスタート。第32回木村伊兵衛写真賞を受賞した写真集『small planet』(リトルモア、2006年)が世界中で反響を呼び、そのスタイルを確たるものとした。

〈art cruise gallery〉で開催中の『Small Cruise』は、先述した『small planet』をはじめ、『東京』『京都』などの写真集と、『kenya』『tohoku311』『plastic nature』などのシリーズから、年代/テーマ/エリアを設けずにセレクトした35作品で構成されている。そのうちのひとつの『Toranomon, Tokyo, 2024』は、当ギャラリーが位置する虎ノ門ヒルズ ステーションタワーを中心とした6月の虎ノ門の街をヘリコプターから空撮した、本展のための新作写真となっている。

Toranomon, Tokyo, 2024

デビューから一貫して愛用しているという、4×5のフィールドカメラから生み出される作品群は「アオリ」という手法のもと、撮影がおこなわれている。「アオリ」はカメラのレンズ面と感光面をずらしたり、傾けたりすることで、画像の形を変えたり、ピントを調節したり、遠近感、歪みの矯正をする操作であり、元来、建築や風景、商品を被写体とする商業写真で求められる手法だった。

何を正として調整し、矯正するのかというと、人間の視野。つまり“人間にはどう見えているか”を目指して補正がおこなわれる。この手法をアレンジして撮影された本城の写真は、「ミニチュア/ジオラマのようだ」と表現されることが多いが、実のところ、むしろ肉眼での見え方に近い。ミニチュア/ジオラマのように見せているのは鑑賞者の脳=今までの知識や体験、先入観にほかならない、ということだ。

「見る」と「見える」の違い。

不思議な写真だと思うかもしれない。日頃から見ている景色が新鮮に見えてくるかもしれない。だが、これらの写真で写されている景色は、人間の視界で捉えた状態によく似ている。人の視線は無意識に絶えず動いており、意識してピントを合わせられるのは、視界のごく一部分に限られる。写真や絵画のように、風景全体にピントを合わせる機能は人間の眼には備わっていない。

本城自身「肉眼での見え方に近い」ことこそがフィールドカメラを使用する理由であり、「アオリ」で撮影する理由であると話している。しかし、本城がリアル(=肉眼)を追求して撮影したものを、鑑賞者はフィクション(=ミニチュア/ジオラマ)であると認識する。この現象自体がユーモラスであるが、大判サイズにプリントされた写真と対峙した鑑賞者は、能動の「見る」と受動の「見える」には埋められないギャップがあることを実感することになるだろう。

作家初となった2022年の大規模個展『(un)real utopia』の図版、巻末で本城は「ちょっとした視点の変化が人の認識を大きく変えたりします。それが、きっと写真の役割であったり、面白いところなんだろうと思います」と述べている。本城にとって、自身の専売特許とされている「ミニチュア/ジオラマのように見える」この視覚効果は、それ自体に意味があるわけではなく、「僕にとってはこう見えている」を表現するための手段にすぎないのかもしれない。

色濃く漂う、リアルさと生温かさ。

実在する風景や人間を“ミニチュア化”させることから「非現実」「空虚」などと表現されることも多い本城の写真だが、いざ対峙してみると、見れば見るほどに色濃さを増す、妙なリアルさと生温かさに途方もない気分になるのは、筆者だけだろうか。これは「肉眼での見え方に近い」、つまり、普段から見ている景色に似ていることも理由のひとつかもしれないが、どちらかというと、本城自身の被写体との向き合い方に起因している部分が大きそうだ。

本城はさまざまなインタビューで「自身の関心は街、都市にある」と話している。その関心は、ジャングルの木々のように密集する高層ビル群や、コピー&ペーストを繰り返したような画一的な街並みが持つ「視覚的な面白さ」、それを俯瞰することによって生まれる「既視感のなさ」に向けられているわけではないはずだ。そこで生活をする人々や動植物、それらの営みに向けられているではないだろうか。

Hoover Dam ,USA,2008
Nakayama Racecourse, Chiba, Japan, 2005
Pool,Tokyo, Japan ,2005

本や画面を通して本城の作品に触れたことがある人も多いだろう。しかし、作品の特性上、やはりこの大判サイズと向き合うことで得られる鑑賞体験は、紙やディスプレイから得られるそれとは一味も二味も違う。一部分にピントがあっている=大部分がはっきりと見えないことで想像力は掻き立てられ、否が応でも被写体の存在感と生命力に想いを馳せることになる。表面的な情報の省略は、被写体のリアリティ、本質を浮き彫りにする。

ちなみに、最近のデジカメには、画面の一部分にだけピントが合うジオラマモードなるものが存在している(これは本城の作品をきっかけに誕生したものと言っていいだろう)。そのモードでは手軽に「本城直季っぽい」写真が撮れるわけだが、手元にカメラがある人はぜひ試してみてほしい。天候、光、構図、距離感などを厳密に計算してシャッターを切る本城の写真とは、似ても似つかない仕上がりになるはずだ。

一作家の作品という枠を超えて、人々のものの見方を大きく変えた本城直季の写真展『Small Cruise』は、8月22日(日)まで〈art cruise gallery〉で開催中。この機会に、ぜひとも足を運んでみていただきたい。

『Small Cruise』
会期:2024年6月28日(金)〜2024年8月22日(木)
場所:art cruise gallery by Baycrew’s
東京都港区虎ノ門2-6-3
虎ノ門ヒルズ ステーションタワ ー3F SELECT by BAYCREW’S 内