〈セレクト バイ ベイクルーズ〉から立ち寄れる、虎ノ門エリアお散歩ガイド(前編)。
東京を代表するオフィス街として知られる虎ノ門。江戸城の外堀の名「虎ノ門」が地名の由来であり、かつては武家屋敷や寺社が集まる土地だった。今もこのエリアには閑静で風格ある街並みが残り、新旧のストーリーを持つ店や物件が点在する。ランチからディナー後の一杯まで、SELECT by BAYCREW’Sの最寄駅となる「虎ノ門ヒルズ」駅から半日でくるりと散策できる、6軒をご紹介。まずは前編の3軒からスタート!
1レストラン ケルン
変わらぬ味わい、スペシャルランチの尊さ。
1960(昭和35)年、虎ノ門に創業した洋食店〈レストラン ケルン〉。かつては街の老舗の1軒として虎ノ門1丁目で長く営業していたが、コロナ禍でのビル立ち退きのため惜しまれつつ閉店。2022年8月、「日比谷フォートタワー」内に移転オープンした。この復活を喜んだ常連客も多かったはず。現在は5代目となる小林新太さんがマネージャーとして店を切り盛りする。
ランチでまず狙いたいのは、やはり代表作の「ケルンスペシャルランチ」。半熟目玉焼きを載せたハンバーグに海老フライ、カニクリームコロッケ、ナポリタンと、人気メニューをすべて網羅した“いいとこどり”の欲張りプレート。小さなデミタスカップで付いてくるコーンポタージュスープも、しみじみとおいしい。
店内はピカピカだが、ドミグラスソースの深い味わいは老舗が重ねた時間を感じさせるもの。ハンバーグもナポリタンも、角の取れたソースの風味に誘(いざな)われながら、サクサクとフォークが進んでしまう。旧店舗時代から味を取り仕切るシェフが厨房に立っているからこその、味の安定感なのだろう。
そしてもう一つ、隠れた人気商品が13時からオーダー可能となるその名も「午後のオムライス」。人気のためランチ時に対応するのが難しく、混雑を過ぎた13時以降に提供するようになったのだとか。潔くシンプルなケチャップライスがふるふるとしたオムレツと心地よく絡んで、これぞ “正しい洋食屋のオムライス”と言うべき至福を味わえる。ちなみに食後コーヒーは、白金台の自家焙煎珈琲店に依頼した「ケルンブレンド」を使用したもの。これもコーヒー好きのマネージャーによる新たなこだわりの一つだ。
天井高のある店内にはカーテンで仕切られた半個室もあり、グループで訪れるのもおすすめ。ディナータイムはウィスキーなどの蒸留酒やワインのラインナップを充実させ、“洋食吞み”が楽しめる環境も整う。洋食の変わらぬおいしさとともに、〈ケルン〉第2章としてまだまだ進化中だ。
2菊池寛美記念 智美術館
知る人ぞ知る、稀有な現代陶芸のミュージアム。
〈SELECT by BAYCREW’S〉の3階には「art cruise gallery by Baycrew's」という名のギャラリーも登場するので、近隣の美術館へ足を伸ばし、アートに浸る休日を過ごすのもいい。〈大倉集古館〉や〈泉屋博古館東京〉と、虎ノ門は私立美術館が点在するエリアでもある。2003年に開館した〈菊池寛実記念 智美術館〉もその一つで、現代陶芸のコレクターであった菊池智(1923〜2016年)のコレクションを軸に設立された、国内でも珍しい現代陶芸の美術館だ。閑静な高台に位置するこの場所は、智の父である実業家・菊池寛実が晩年の活動拠点とした地。敷地内には大正期に建てられた有形文化財の西洋館もあり、そうした風情ある佇まいも併せて楽しむことができる。
館内の空間デザインは細部まで智自身のこだわりと磨かれた審美眼が反映されており、エントランスの正面では書家・篠田桃紅の作品「ある女主人の肖像」が来館者を出迎える。地下一階の展示室へと降りていく、螺旋階段に設置された優美な輝きを放つガラスの手すりもガラス作家・横山尚人によるもの。展示フロアのレイアウトは、アメリカの展示デザイナーであるリチャード・モリナロリが設計を手がけている。こうしたディティール一つ一つを鑑賞するだけでも、充分に見応えがある。
〈菊池寛実記念 智美術館〉は現代陶芸を広く紹介することを目的に、様々なテーマで年3〜4回の展覧会を開催。さらに現代陶芸の公募展「菊池ビエンナーレ」を隔年で開催し、陶芸の「今」と可能性を世に伝える活動も行なっている。隅々まで設立者の美意識が息づく私立美術館ならではの、特別な体験ができるはずだ。
3松屋珈琲店
創業100余年、日本のコーヒー文化に名を刻む店。
お昼前、虎ノ門を歩いていると不意に漂ってくる焙煎のいい香り。その香りの発信源はここ、〈松屋珈琲店〉だ。〈SELECT by BAYCREW’S〉のある虎ノ門ヒルズ ステーションタワーとはまた対照的な、歴史を感じさせる佇まい。〈松屋珈琲店〉はこの界隈で自家焙煎をする数少ない店というだけでなく、1918(大正7)年に創業した、日本のコーヒーの黎明期とともに歩んできた歴史ある1軒だ。明治後期から大正初期にかけ、日本人移民がブラジルで初めて栽培したコーヒー豆を日本で販売する仕事に従事した初代が、その後独立してコーヒー豆の卸売会社を設立したのが店のルーツ。現在は3代目店主・畔柳一夫さんが取り仕切り、シングルオリジンのほか9種類もの豊富なオリジナルブレンドを扱っている。
シングルオリジンはペルー北部、アチャマル村で日本人生産者の高橋克彦さんが無農薬栽培する豆など、店とゆかりの深い生産者のものも多く、背景を教えていただくだけでも面白い。 そしてブレンドは、数種の豆をあらかじめ配合して焙煎する「プレミックス」が現在の主流だが、畔柳さんは「味のブレや揺れをあえて楽しんで欲しいから」と、深煎りや中深煎りなど焙煎度合いの異なる豆を合わせる「アフターミックス」で仕上げているのも〈松屋珈琲店〉の大きな持ち味だ。イートインでいただいた前述の「ペルー」は、ナッティな甘みの後に柔和な酸味が開いて、バランスの良いスムーズな味わいだった。
最後に、イートイン席に置かれた趣ある木製イスが気になり畔柳さんに尋ねてみたら、親類が昭和7年から営業していた新橋の老舗喫茶店から受け継いだものだとか。
「虎ノ門の辺りは洋館の増加とともに、かつては西洋家具を作る家具屋が多かったんです。このイスもおそらくこの界隈の家具職人さんが作ったものでしょうね」と畔柳さん。香りのいいコーヒー豆を購入がてらこんな素敵なエピソードが聞けるのも、街とともに歩んできた店だからこそなのだ。