生活のなかから生まれた奇妙な風景。佐藤雅晴の世界を、大垣美穂子さんと歩く。
写真や映像をもとに、ひとコマずつ描き直すロトスコープの手法で、日常の風景を少しだけ現実からずらしてみせた佐藤雅晴。身近なモチーフを扱いながら、どこか不穏で、見る者の想像を静かに刺激する作品を数多く残した。
本記事では、ギャラリーディレクターのおおうちおさむと、佐藤さんのパートナーとして生前の制作を支え続けた大垣美穂子によるトークショーの模様をお届けする。作品にまつわるエピソードや制作背景、佐藤さんの創作を支えた生活について語りながら、その作品が今も見る人に問いかけ続ける理由を探る。
日常の風景に潜む、もうひとつの世界。

おおうち:佐藤雅晴さんは僕も大好きなアーティストで、原美術館での『東京尾行』も本当にすごかった。今は、ダイレクトに訴求できる“分かりやすい”作品が求められる時代だと思うんですけど、佐藤さんはむしろその対極にいる人、というのが個人的な印象です。作品ごとに作った理由はあるんだろうけど、鑑賞者に「こう見てほしい」「こう感じてほしい」と要求している感じはしない。だからこそ、見ている側は少し不安になる。不安になるから、自分なりに作品を理解しようとして、それぞれに答えが生まれていく。そこが佐藤さんの作品の面白さなのかなと。今日は、生前の佐藤さんを支え続けた大垣さんと一緒に、作品を見ていこうと思います。
大垣:よろしくお願いします。

佐藤さんの友人の娘さん、ココちゃんがモデルとなっている。
おおうち:作品の多くは、写真や映像をもとにデジタル上でひとコマずつなぞる、ロトスコープという手法で作られています。実写をベースにしているからリアルではあるんだけれど、一度佐藤さんの手作業を経ることで、ちょっと現実っぽくなくなる。しかも題材は、ごく日常的でたわいもないものが多い。その現実感と非現実感の同居によって、僕らの世界と少しだけ違う、パラレルワールドみたいに見えてくる。まず、この2人の少女の作品。双子ではなくて、同じ人物なんです。同じ人を2人並べることで、こんなにも違和感や不思議さが立ち上がってくるんですね。僕は初めて見たとき、ダイアン・アーバスの双子の写真を思い浮かべました。
大垣:さっそく裏話のようになってしまいますが、私は雅晴さんからは、アート界隈の人にはアーバスの影響だと説明していたけど、本当は映画の『シャイニング』からインスピレーションを得た、と聞いています(笑)。

「佐藤さんはこういったソフトフォーカス気味にする技術がずば抜けて上手。というか、どの作品も近くで見ると上手すぎて、制作にかけられた膨大な時間を想像してしまいます(おおうち)」
おおうち:そうだったんだ(笑)。
大垣:俗っぽいと思われるのが嫌で、そうしていたみたいです。雅晴さんはホラー映画が大好きで、生前はほぼ毎日のように何かしらの作品を観ていました。そうしたものからインスピレーションを受けて、作品を作ることも多かったです。
おおうち:やっぱり、そうなんですね。佐藤さんの作品ってどれもちょっとホラーっぽいなと思っていました。次の『桜』もそう。桜の下で人が手を振っているだけなのに、すごく不穏に見えてきませんか? この人物は、大垣さんなんですよね?

「これも僕にとってはすごく怖い。風景としてはすごく綺麗なのに。刑務所から脱獄してきたみたいに見えるんですよね(おおうち)」
大垣:はい。このブルーのジャージは、高校生のときに学校で配られた体操着です(笑)。家事をするときによく着ていて、ある日、雅晴さんに「その格好のままちょっと来て」と言われて。自転車でついて行ったら、「そこに立って、ずっと手を振って」と。しばらくやって「はい、オッケー。ありがとう」で終わって、あとからこの作品になっていました。
おおうち:そのエピソードを聞くとすごく日常的で素敵な作品にも見えてくるんだけど、僕には事件のあとみたいに見えてしまうんです。これが、さっき話した佐藤さんの作品の「不安」なんですよね。

「おもちゃの拳銃なんだろうけど、佐藤さんがロトスコープで描くと逆に本物に見えてくるから不思議なんですよね(おおうち)」

「描かれているものはリアルなのに、起きていることはものすごくアンリアル(おおうち)」
おおうち:これは現場にいた大垣さんにしか語れない作品かもしれない。裸の少年が本を読んでいて、その後ろに母親らしき人物がいて、さらに本が燃えている。これは、どういう作品なんですか?
大垣:ドイツで撮影した作品なんです。雅晴さんがこの男の子と知り合って、すごく気に入って、モデルをお願いしました。本人は「いいよ」と言ってくれたんですけど、「一応お母さんに聞いてみる」と。そうしたら、お母さんも撮影に来ることになったんです。
おおうち:お母さんも一緒に?
大垣:そうなんです。しかも、撮影しながら雅晴さんが男の子に話しかけたり、質問したりしているのに、全部お母さんが答えてしまうんですよ。彼の人格に覆いかぶさるような感じがあって、私はそれにかなり腹を立てていたんですけど、雅晴さんは逆に「じゃあ、お母さんも入れて撮ろう」と言い出したんです。
おおうち:なるほど。その窮屈で、重たい雰囲気が作品にも出ている気がします。空気感も光もすごくきれいだから、一見すると美しい絵にも見えるんですけど、よく見るとおかしなことだらけなんですよね。
大垣:たぶん、何か感情のようなものを残したかったのかなと思います。

大垣:ここで、私と雅晴さんの話を少ししてもいいですか?
おおうち:ぜひぜひ。
大垣:雅晴さんと私は、デュッセルドルフのクンストアカデミーに通っていて、学生同士で結婚しました。当時、私は立体作品、雅晴さんはインスタレーションを中心に制作していて、どちらも材料費がかなりかかっていたんです。結婚を機に親からの仕送りがなくなって、制作費のことを現実的に考えなければならなくなった。絵を描くにも絵の具やキャンバスが必要だし、作品を保管する場所も必要です。でも、コンピューターなら最初の購入費は高くても、その後は絵の具もキャンバスもいらないし、データとして保存できるから倉庫も必要ない。そう考えて、雅晴さんはコンピューターで作品を作り始めたんです。
おおうち:なるほど。つまり、表現上の理由だけじゃなく、経済的な事情からこの作品群が始まった部分もあるんですね。
大垣:そうです。最初は漫画のようなイラストを白黒で描いていました。でも、もともと東京藝術大学で油画を学んでいた人なので、次第に「絵画的な表現をコンピューター上でできないか」と考えるようになって。いろいろ試していくなかで、現在につながるような技法が形づくられていきました。
おおうち:冬に『マツモト建築芸術祭』の番外編として映像展をやったとき、佐藤さんの『I Touch Dream』をお借りして、展示しました。木炭で描いて、撮影して、消して、また描いて……という作業を一コマずつ繰り返した狂気的な作品なんですが、あれも経済的な事情から?
大垣:あれはむしろ、まだお金があった頃の作品なんです(笑)。結婚前でまだ仕送りがあったから、木炭紙も木炭も買えた。
おおうち:そうだったんだ(笑)。あれは本当にクレイジーな作品ですよね。一カットずつ木炭で描いては消して、それを撮影してアニメーションにしている。しかも、ドイツで友達をなかなか作れず、つらかった時期の気持ちを描いた作品でもあるから、見ていてかなり迫ってくるものがある。それと、佐藤さんの映像作品には、生前に決めた展示条件、レギュレーションが残っています。『I Touch Dream』もブラウン管で上映することが条件になっている。でも今は、状態のいいブラウン管を探すこと自体が難しい。展示するときはかなり探し回って、結局DVDに焼いてDVDプレイヤーをブラウン管に接続して再生しました。でも、その作業を通して、ブラウン管やDVDも含めて、世界が歩んできたデジタル文化の歴史をもう一度たどり直すことになった。亡くなったあとも作品がこちらに働きかけ続けている、ということなのかもしれません。
大垣:雅晴さんなりの考えがあって、その意図や意味をこうやって今も汲んでくれる人がたくさんいる。だから、雅晴さんの作品はまだ生きているんだなと思います。

「これは東日本大震災が起きた時刻を扱った作品で、舞台になっているのは私たちの家です。その時間に起きていたことを、漫画のコマのように並べて構成しています(大垣)」
おおうち:この作品、同じ時間がずっとループしているように見えるんですよね。秒針は動いているのに、分針はほとんど動かない。ひとつの時刻が設定されている一方で、その時間をどう感じるかは人によって全然違う。特に災害のような状況では、一秒が何時間にも感じられることもあると思うんです。猫が現れたり消えたり、扉が開いたり閉まったりして、人の姿そのものよりも気配だけが残っている。それらを漫画のコマのように追っていくことで、「このとき何が起きていたんだろう」と想像が膨らんでいく。佐藤さんにとって、震災がかなり大きな出来事だったことが伝わってきます。
大垣:ほんと、そうでしたよね。
おおうち:僕も当時、自分に何ができるのかをかなり考えました。そういうクリエイターは多かったと思います。
作品の背景には、いつも生活があった。

おおうち:佐藤さんって、ロトスコープ作品とは全然雰囲気が違う平面作品も作っているんですよね。僕はこの作品群もすごく好きなんです。
大垣:この作品を作っていた頃は、雅晴さんががんで余命宣告を受けていた時期です。上顎に腫瘍ができて、鼻も崩れ始めて、目もほとんど見えなくなっていました。コンピューターでの作業はもう難しかったんですけど、「アナログならできるかもしれない」って。木のパネルを買ってきて、アクリル絵の具をローラーで塗る作業ならできたんです。筆を使うのは難しかったので、ラインは私がマスキングテープで作って、「はい、雅晴さん、いいよ」って声をかけて、雅晴さんがローラーをかける。そうやって一緒に作っていました。
おおうち:そういう事情だったんだ。僕はそこを全然知らなくて、単純にこの作風が好きだったんです。でも今の話を聞くと、「こういうものを作りたい」という発想以前に、お金がないとか、目が見えないとか、自分ではどうしようもない条件が制作を規定している。そのこと自体が、佐藤さんの作品のあり方に近い気がするんですよね。自分ですべてをコントロールするのではなく、その状況を引き受けながら作っていくというか。

大垣:それと、この作品に出てくるモチーフは、ほとんど私たちが住んでいた家のものなんです。雅晴さんはその家が本当に好きだったんですけど、亡くなった翌年に取り壊されることが決まっていて、大家さんからも退去するように言われていました。病状もかなり大変な時期だったんですけど、「この家が壊されてしまうなら、せめて作品として残したい」って。お風呂場のタイルも、ヤモリも、家から見える風景も、階段も、時計も、全部実際に住んでいた家にあったものです。
おおうち:なるほど。なくなってしまう家の記録でもあるんだね。それを聞くと、この作品群の見え方もまた変わります。

2人が暮らしていた自宅の沿線である、常総線から見える風景。
おおうち:最後に、せっかく大垣さんもいるので佐藤さんとの出会いみたいなところも聞いていいですか?
大垣:最初に会ったときは、正直すごくムカついたんですよ(笑)。雅晴さんは東京藝術大学出身で、「俺はエリートだ」みたいな雰囲気をちょっと出していて。私がドイツに行って4年目くらいの頃に、日本から雅晴さんが来たんですけど、まだドイツ語も話せないし、「日本ではかなりやってたんだ」みたいな感じもあって。「ドイツではそんな感じじゃ通用しないぞ」って、最初はかなり腹が立っていました。でも、そのうちアルバイト先が一緒になったんです。日本食レストランの焼き鳥屋さんで働いていて、仕事の後や休日にみんなで遊ぶことが増えて、だんだん仲良くなっていきました。雅晴さんも、最初は「東京藝大出身です」みたいな感じだったけど、ドイツに来たら本当に一人になる。ドイツ語が話せないと友達も作れないし、そういう現実に直面して、だんだん「ミホコさん、ミホコさん」って犬みたいについてくるようになって(笑)。
おおうち:その話を聞くと、今日見てきた作品の背景にも、佐藤さんの生活や人との関係がずっとあったんだなと思います。作品は本当に幅が広いので、これからもいろいろな場所で見てもらえる機会を作っていきたいですね。

会期:2026年7月1日(水)〜 2026年8月23日(日)
場所:art cruise gallery by Baycrew’s
東京都港区虎ノ門2-6-3
虎ノ門ヒルズ ステーションタワ ー3F SELECT by BAYCREW’S 内
※会期は終了しました。たくさんのご来場、ありがとうございました。

