佐藤正子とおおうちおさむが考える、ロベール・ドアノーと「残っていく写真」。
〈art cruise gallery by Baycrew’s〉で開催中の、ロベール・ドアノーの個展『Robert Doisneau』。本展の実現に深く関わった株式会社コンタクトの佐藤正子さんと、ギャラリーディレクターのおおうちおさむさんが登壇し、トークショーを開催。写真を“作品”としてどう扱うのか、その前提から問い直す時間となった。ドアノーの写真家としてのスタンスやプリントの価値、そして本展の背景について、両者の対話から紐解いていく。
眼差しと作為、その積み重ね。

おおうち:〈art cruise gallery〉での展覧会は、今回で11回目になります。ジャンルをあえて定めずに運営しているギャラリーですが、だからといって何でも扱うわけではありません。世界中の古いものから新しいものまでをこの場所で並列化することで、コンテンポラリーなものへと昇華する──そのような考えのもとで展示を行っています。今回のロベール・ドアノー展についても、このタイミングで開催することに大きな意義を感じています。その理由を話すと3時間くらいかかってしまうので割愛しますが(笑)、何よりこの機会をくださったのが、本日ご一緒している佐藤さんです。
佐藤:よろしくお願いします。
おおうち:佐藤さんはドアノーの娘さんとも交流があり、そのような個人的な縁の積み重ねによって、この展示は実現しました。これまで日本でもドアノーの写真展は開催されてきましたが、展示作品すべてが購入可能という形式は、おそらく初めてだと思います。作品を所蔵するアトリエ・ロベール・ドアノーに、ギャラリーの思想や今回の構想を説明したところ、「佐藤さんとおおうちさんがやるなら、すべて販売してもいい」と言っていただけました。これらは佐藤さんがパリにある膨大なプリントの中から厳選し、日本へ持ってきてくれたものです。

佐藤:今回展示しているのは「モダンプリント」と呼ばれるもので、売ることを前提に制作された、サインやエディションが付くヴィンテージ作品とは少し異なります。ドアノーの存命中に本人の監修のもと、職人がプリントしました。ただ、非常に有名な『パリ市庁舎前のキス』は、今回あえて出していません。過去にオークションに出た際、当時の写真作品としては最高額クラス──数千万円で落札された経緯があります。さまざまなスキャンダルもはらんだ作品だったため、注目を集め、結果として市場価格が過度に高騰したんです。しかし、アトリエ・ロベール・ドアノーは非常に良識的な運営をしており、マーケットを過剰に煽る行為を避ける判断をしています。
同時代には、アンリ・カルティエ=ブレッソンのように、トリミングを一切せず、キャプションも自ら書き、認めたプリントしか世に出さないという厳格な姿勢を貫いた写真家もいました。彼はネガすら廃棄しており、二度とプリントが作れない。完全に美術作品として位置付けていたわけです。ドアノーは彼を深く尊敬していましたが、自身はそういったタイプの作家ではないと認識していました。あくまで職人として、雑誌や広告の依頼に応じて撮影し、トリミングも自由にして構わないというスタンスだった。そのため、ブレッソンと同じ文脈で作品を扱うことに、ご遺族はある種の違和感を持っていたのです。
ただ、おおうちさんがギャラリーで継続的に質の高い展示を行い、信頼を築いてきたこともあり、「一度実験的に販売してみよう」という流れになりました。今回のような形での展示販売は、本当に初めての試みです。サインやエディションはありませんが、アトリエが認めたものであることは間違いありません。
おおうち:人はいつか亡くなります。このプリントを手がけた職人も例外ではない。そう考えると、今回展示されている、ドアノーが認めた高品質の「モダンプリント」は、今後再現できない可能性が高い。そう言えるほど素晴らしいクオリティですよね。
佐藤:現実的な問題として、印画紙そのものが減っていますし、フィルムも高騰しています。プリント技術も非常に高度で、かつてのように多様な印画紙から最適なものを選ぶことも難しくなっている。そういった背景を踏まえると、このレベルのプリントは今後ほとんど生まれないと思います。

おおうち:デジタルでは、この階調はなかなか再現できません。フィルム特有の黒と白の深みがありますし、極論ですがデジタル写真は一点物にはなり得ない。アナログプリントは版画のように、完全に同一のものは存在しません。そもそもドアノーは写真家になる前、リトグラフの職人でした。石版画はコントラストやディテールへの理解が不可欠で、その経験が写真にも強く活きているのだと思います。
佐藤:幼少期は絵を描くのが好きだったそうです。ただ裕福な家庭ではなく、13歳頃から働き始め、その仕事がリトグラフでした。ワインラベルなどを手がける、いわば商業デザイナー的な仕事ですね。その後、写真が商業的に使われる時代が訪れ、写真家としての道を歩むようになります。
おおうち:ドアノーの写真には、どこか愛らしさがありますよね。ウィットに富んでいて、パリという街を魅力的に見せている。彼は「イメージの釣り人」と呼ばれていますが、実際にはかなり計算された作為があるように見えます。「ここだ」と思った場所で5時間とか待っていたんじゃないかな。偶然のスナップではなく、狙い打ちで掴みにいっているんだろうな、と想像しています。
有名な『パリ市庁舎前のキス』も演劇学校の学生をモデルに起用しています。歪んだエッフェル塔の写真も、もちろん実際に歪んでいるわけではなく、レンズ加工によるもの。ルーブル前に寝転ぶ少年の写真も象徴的で、荘厳な建築と日常の人間を同一画面に置くことで、時代のコントラストを生み出している。
ドアノーは主に貧しい地域で活動していましたが、写真からは悲惨さが感じられない。たとえば蝶ネクタイをした子どもの写真にも、どんな状況でも誇りを失わないパリの人々の気質が表れています。結局のところ、彼の写真には「人を属性で見ない」「見た目で価値を判断しない」「権威を特別視しない」という視点が通底しているように思うんです。ピカソの写真も、ただの一人のおじさんとして写っているでしょう(笑)。そうした眼差しと、計算された作為、その積み重ねが、ドアノーという写真家を形作っているのではないでしょうか。

佐藤:絶妙なんですよ。本当に絶妙な距離感で。ドアノーが写真を撮り始めたのは1930年代ですが、活動初期の作品は上から覗き込むタイプの、いわゆる二眼レフを使っているものが多いんです。あのカメラって、真正面からレンズを向ける必要がない。だから、人にぐっと近づいて構えるとか、話しかけるとか、そういうことが苦手だった彼にとっては、すごく合っていたんだと思います。しかも当時は今よりも被写体との距離がある時代でしたし。
そこから徐々に慣れてくると、ライカのような小型カメラが登場して、被写体に近づいて撮れるようになっていくんですが、それでも人に対する慎み深さというか、距離感の取り方がずっと変わらないんです。すごく礼儀正しくて、冷静で、決して人を馬鹿にしない。その姿勢は、初期から一貫しているように思います。
一方で、富裕層や社交界を撮った写真になると、少しニュアンスが変わってくるんですよね。もちろん露骨に批判しているわけではないんですが、どこか皮肉が効いているというか。「あなたたち、少し勘違いしていませんか?」とでも言うような視線の鋭さがある。そこがまた魅力的なんです。
ドアノーにとっての“パリ像”。

おおうち:ドアノーって、シニカルな視点をラグジュアリーの文脈に持ち込んだ最初の写真家なんじゃないかと思うんですよ。たとえば、少しあとの時代ですが、マーティン・パーって、シニカルでアイロニカルな写真の代表的な存在じゃないですか。でも、その源流ってドアノーにあるように感じるんですよね。
佐藤:両者とも、どこか品があるんですよね。
おおうち:ギイ・ブルダンという、ファッション写真の流れを大きく変えた写真家がいたじゃないですか。アメリカの雑誌が新しい時代に入っていくタイミングで活躍した人で、それまでのファッション写真って、どちらかというと服を見せるために撮るものだったと思うんです。でもブルダンは、そこにストーリーを持ち込んだ。たとえば、泥棒が逃げていて、それを誰かが追いかけている、みたいな、ひとつの“状況”を写真の中につくった。単に服を着させて撮るのではなく、写真そのものに物語や緊張感を与えた最初期の人だったと思うんですよね。
つまり、単に服を見せるんじゃなくて、ちょっと皮肉や緊張感を含んだイメージとして商品化したというか。今でこそ、少しシニカルなファッション写真ってよく見るけど、その原型はすでにその時代にあったんじゃないかと思うんです。そう考えると、その流れの源流のひとつに、やっぱりドアノーがいる気がするんですよね。
それに、ドアノーの写真だけでパリを知ると、「なんて素敵な街なんだ」と思ってしまうけど、実際には素敵なだけじゃないですよね。少し怖さというか、裏側の気配もちゃんと写っている。パリって、衛生的に難があるエリアもあるじゃないですか。でも人々はその汚さを気にせず、表層では美しく着飾っている。その矛盾までドアノーは写している気がしていて。

佐藤:それはやっぱり、彼が郊外で生まれ育ったという背景も大きいと思います。当時のパリは「花の都」と呼ばれていましたが、中心部を少し外れるだけで、まったく違う景色が広がっていました。今の郊外は整備されて綺麗になっていますけど、当時の資料を見ると「同じ天気のはずなのに、こちらは灰色に見える」と描写されているくらい。そのような環境の差を身体感覚として知っているからこそ、あの視点が生まれているんじゃないでしょうか。
おおうち:当時のセーヌ川って、いろんなものを流していたわけじゃないですか。決して綺麗なだけの街じゃなかった。
佐藤:そうですね。それでもパリに行くと、華やかで美しい人たちがいて、彼にとってはやっぱり憧れの対象だったんだと思います。ドアノーの中にある「理想のパリ」というイメージが、写真の中に投影されているように感じます。だから、世界中の人が彼の写真を見て「これがパリだ」と感じる。実際に行ったことがなくても、そう信じてしまう。それは、ドアノー自身が頭の中で組み立てた“パリ像”が、非常に強度を持って写し出されているからだと思うんです。むしろ、生粋のパリっ子だったら、ここまでの距離感では撮れなかったかもしれない。そういう意味で、彼の人への興味や視線はすごく独特ですよね。
上手い下手ではなくて、どう生きてきたか。

おおうち:同時代だと、日本の木村伊兵衛も近い時期にパリを撮っているけど、全然捉え方が違うじゃないですか。
佐藤:そうですね。また別のリアリティがあるというか。
おおうち:ドアノーって、ちゃんとその土地で生きて、表も裏も知っているんだけど、それでもどこか心が綺麗なままなんですよね。だから、ああいう写真になる。
佐藤:本来なら、もっと屈折してもおかしくない人生なんですよ。幼い頃に母親を亡くしていたり、家庭環境も決して恵まれていたわけではない。でも、そこに留まらずに、「どうすれば明るく切り取れるか」を選び続けている。その強さというか、体力のある人だったんだと思います。

おおうち:今回の展示の中でも、アーティストや音楽家の写真をまとめた一角があるんだけど、彼らもまた、華やかな世界にいる一方で、そこに至るまでには相当な苦労をしている人たちなんですよね。ドアノー自身も、もともとはリトグラフの職人だった。そういう“作る側の人間”の内側を理解しているからこそ、信頼されていたんだと思うんです。実際、工場で働く人たちや整備士のような職人にもすごく愛されていた。
結局、写真って技術だけじゃないんですよね。上手いとか下手とかではなくて、その人がどう生きてきたかが滲み出るものだと思う。そこを無視すると、どうしても短命なものになる。今は誰でも写真が撮れるし、学ぶ環境も整っているけど、それでも最終的に出てくるものは、その人の生き方そのものだと思います。それはデジタルになっても変わらない。
反射光と透過光。

佐藤:ただ一方で、今は“売ること”が簡単になりすぎたゆえの難しさもありますよね。昔は、そもそも写真って誰でも撮れるものではなかったし、厳しい条件の中で確実に撮れる人にしか仕事は来なかった。でも今は、誰でもある程度綺麗に撮れてしまう。その分、何が価値なのかが見えにくくなっている。
おおうち:フィルムって、やっぱりどこか神秘的なんですよね。デジタルでは拾いきれない何かが、光の中に残っている気がする。
今、松本で芸術祭をやっていて、写真家の石川直樹に参加してもらっているんですが、あえてプリントは一切展示していないんです。代わりに、エベレストやK2の登頂を記録した映像を見せている。それが本当にすごくて、生死の境界にある瞬間がそのまま記録されている。でも、普段写真集で彼の作品を見ているだけでは、過酷さみたいなものは感じ取れないんですよね。
石川直樹って、よく「冒険家ですよね?」って言われるんだけど、本人は絶対に「写真家だ」と言い張るんですよ。つまり、彼にとって登山は目的じゃなくて、あくまで写真を撮るための手段なんです。しかも、今でもブローニーフィルムのカメラを使っていて、1ロールで10枚しか撮れない。エベレストの登頂中にロール交換なんてできないから、実質その10カットにすべてを賭けているわけです。入山料だけで数百万円、シェルパの費用も含めると、1回の登山で数千万円かかる。そのすべてをかけて、たった10回シャッターを切る。それでもデジタルにはしない。なぜかというと、「10回しか押せない」という制約の中でシャッターを切る緊張感、その価値が決定的に違うからだと言うんです。しかも、ちゃんと写っているかどうかも、その場では確認できない。撮り終えたあと、現像するまでわからない。その“時間”も含めて、写真なんだと。ある種、熟成されるものというか、あとから立ち上がってくる感覚がある。
だからこそ、若い人にもその感覚を知ってほしくて、今回はあえてプリントではなく映像を見せているんです。彼がどういう状況で写真を撮っているのか、その背景を追体験してほしい。結局、いい写真って技術じゃないんですよ。どんな生き方をして、何に心を動かされているか、それが全部出る。
実際、石川直樹の作品って、評価の場では「ピントが合っていない」とか、技術的な理由で批判されることもある。でも写真って、本当はもっと多層的なものだと思うんです。技術のレイヤー、その上にある表現のレイヤー、さらにその奥にある“人間”のレイヤー。その接続が、今は少し弱くなっている気がする。
世代間でもそうで、上の世代と中堅は繋がっているのに、若い世代との断絶がある。互いに否定し合うような構造もある。石川直樹は、その分断を最初に飛び越えた存在のひとりだと思うんですよね。昔の登山写真って、いわば“記録”なんです。人が行けない場所の景色を、正確に見せるためのもの。だからパンフォーカスで、隅々まできっちり写す。つまり、ジャーナリズム的な役割が強かった。でもそこに、あえてブレやボケを含んだ写真を持ち込んだ。それがとにかくかっこよかった。価値基準が一気に揺らいだ瞬間だったと思います。

佐藤:カメラメーカーも、その「いかに正確に写すか」という部分にはずっと力を注いできましたからね。
おおうち:でもそこに対して、「それだけじゃない」という価値を提示したのが石川直樹だった。ただ、今は“いいものをいいと感じる力”自体が少し弱くなっている気もするんですよね。マーケットの問題なのかもしれないけど。
佐藤:やっぱり、いろんなものを見ないとダメですよね。今回のドアノー展もそうで、プリントが届いて一枚一枚チェックしていたときに、久しぶりに「写真の美しさ」に純粋に感動したんです。もちろん、デジタルの新しい表現も面白いし、どれが正しいということはない。ただ、見る量が少ないと、目が育たない。言葉だけでは絶対にわからない部分がありますから。こうして実物を見る機会があること自体、とても貴重だと思います。
おおうち:本当はアクリルを外して見てほしいんですよね。
佐藤:外すと、とんでもなく美しいんですけどね。ただ保存の問題があって難しい。
おおうち:だから、買って家でアクリルを外して見てください(笑)。それが持っている人の特権です。あと、僕の持論なんですけど、人間って実は“反射光”でしか感動しないんじゃないかと思っていて。パソコンやスマホ、テレビって全部“透過光”じゃないですか。でもプリントは、実体としてそこにあって、光を反射している。その違いが、感動の強さに直結している気がするんです。映画も同じで、スクリーンに投影されることで、一度“物質化”される。だから心に残る。写真をプリントする意味って、そこにあると思うんですよね。もちろん写真集も重要なメディアで、写真家の表現を広げてきた存在です。でも、ページをめくるという体験と、プリントとして向き合う体験はまた別のもの。その両方があって初めて、写真という表現の幅が成立しているんじゃないかと思います。
もちろん写真集だって素晴らしいし、否定するつもりはまったくない。ただ、それとは別に「反射光として存在するもの」の価値って、やっぱりすごく大きいと思うんです。今の時代、それを否定してしまうと成り立たない部分もあるから否定はしないけれど、プリントのように“物質としてそこにあるもの”にすることには、やっぱり特別な価値がある。その感覚を、なんとなくでも感じてもらえたらいいなと思います。
イメージではなく、物質として。

佐藤:写真って、シャッターを押して終わりだと思われがちなんですよね。イメージが撮れた時点で完成だと。でも実際には、その先の「プリント」の段階で、もう一度自己表現があるんです。
おおうち:手作業の領域ですよね。
佐藤:そうですね。ドアノーは、あくまで仕事として写真を撮っていた人ではあるんですが、時代的に、写真がそのまま印刷原稿として使われるような状況にいたので、プリントへの意識はとても高かったはずです。当時は、プリントそのものを出版社に渡していた時代ですし、印刷のクオリティも今ほど安定していない。だからこそ、どう出力されるかを見越してプリントを作る必要があったんです。
おおうち:その感覚って、彼のリトグラフの経験とも繋がっていると思うんですよね。版を作って、そこから複数を刷る。インクの乗りや劣化も含めて、どうバランスを取るか。そういう“印刷に渡すための思考”があるから、写真も単なるイメージではなくて、ちゃんと物として成立している気がする。

佐藤:それに、この時代のフランスの写真家って、周囲の人間関係もすごく特徴的なんです。写真家同士だけで固まっているわけではなくて、文学や映画、美術など、さまざまな分野の人と自然に繋がっている。
おおうち:確かに。特定のジャンルだけを深く掘るというより、全部を横断している感じですよね。
佐藤:そうなんです。写真だけが好き、というよりも、文化全体に対して開かれている。だからこそ、表現の幅も広いんだと思います。
おおうち:その点、日本は少し違うかもしれないですよね。そもそも住宅の構造的に、写真を飾る文化が根付きにくい。壁が少なくて、梁と柱の空間だったりするから。
佐藤:それはありますね。写真に限らず、展示する前提の空間ではない。
おおうち:だから、文化として育ちにくかった部分もあると思う。ただ一方で、日本人って「所有する」より「見に行く」ことに価値を置く傾向もあるじゃないですか。海外だと「買って自分のものにする」という発想が強いけど、日本は体験として味わう文化がある。それ自体はすごくいいことだと思うし、否定するつもりはない。でも、こういう展示をやっていると、やっぱり思うんですよね。できれば、持ち帰ってほしいなって。
“見る”スタンス、“所有する”スタンス。
佐藤:「買う」って、自分と一緒に生活するってことなんですよね。感覚としては、犬や猫を飼うのに近いと思います。
おおうち:うん、同じだと思う。
佐藤:だからこそ、本当に自分で大切にしたいと思えるものを選んでほしい。どうせ買うなら、ちゃんと向き合えるものを。
おおうち:ちゃんと見てあげないと、拗ねるじゃないですか(笑)。飾って、日常の中でちゃんと関わっていかないといけない。
佐藤:そうなんです。美術館で見て「すごくいい作品だな」と思っても、「これを家に置きたいか」となると、また別の話だったりしますよね。“見る”スタンスと“所有する”スタンスは違う。やっぱり、自分と一緒に暮らせるかどうか、そこがすごく大きいと思います。しかも、作品って自分がいなくなったあとも残るものですし。
おおうち:孫の代まで残っても全然不思議じゃないですよね。
佐藤:本当にそうです。長い時間を一緒に過ごしていくものなので。モノクロプリントは、きちんと保存すればかなり長く持ちます。そこは安心できるところですね。ただ、カラーに関しては、まだ少し難しい部分もあって。
おおうち:インクジェットも、まだ歴史が浅いからね。100年単位でどうなるかは誰にもわからない。
佐藤:そうなんです。誰もまだ100年見届けていないですからね。実はドアノーもカラー写真はたくさん撮っているんです。子どもたちの写真なんかも、赤いスモックを着ていたりして、とても魅力的なんですが……問題はプリントなんですよね。どういう色で出すのか、最終的な判断をする本人がもういない。特にカラーは解釈の余地が大きいので、そこが難しい。
おおうち:だから、簡単には出せない。
佐藤:はい。本当はもっと見せたいんですけど、現状は慎重になっています。ただ、量としては相当残っていますよ。
“どう残るか”までを含めて作品。

おおうち:むしろ、今の時代の写真に近いことをすでにやっていた可能性もありますよね。
佐藤:まさにそうで、マーティン・パー を思わせるような写真もあるんです。『Palm Springs』というカラーの写真集もあって、アメリカの富裕層を撮った作品なんですが、それを見ると「これ、パーより先にやっていたんじゃないか」と思うくらい。すごく魅力的なシリーズなんですが、やはりプリントとして流通させるには、保存性の問題がクリアにならないと難しいですね。
おおうち:結局、プリントって“どう残るか”まで含めて作品だからね。印刷の話でいうと、昔はポジフィルムが中心だった時代がありますよね。そこから反射原稿で入稿できるようになっていくのは、もう少し後の話で。
佐藤:でも、その過渡期にいた人たちって、やっぱり“個人の色”がすごく強いですよね。機材や技術よりも、どうやってその人の色を出すか、みたいな。
おおうち:結局、どこを狙うかなんですよね。今でもあえて紙焼きで入稿する写真家もいるし、当時はほとんどが個人の判断に委ねられていた。
佐藤:ドアノーも、若い頃に勤めていた会社をクビになっているんですよ。遅刻と欠勤が多すぎて(笑)。でもその理由が、ちょうどカラー写真が出始めた時期で、現像に夢中になりすぎてしまったからなんです。家に帰っても徹夜で「どうやってカラーをプリントするか」を研究して、寝坊してしまう。それを繰り返していたら、さすがにクビになるという。
おおうち:でも、そのくらい好きだったってことだよね。
佐藤:そうだと思います。今、アトリエ・ロベール・ドアノーになっている場所は、もともと家族が暮らしていた家なんですが、当時のまま残っているんですよ。お風呂場やトイレもそのまま。娘さんの話だと、子どもの頃は週に2回くらいしかお風呂に入れなかったらしいんです。というのも、父親が毎日のように暗室として使っていたから。
おおうち:すごい話だよね(笑)。
佐藤:フランスだから成立する話かもしれないですけどね。
パリに愛された写真家。

おおうち:それくらい生活と写真が一体化していたってことだよね。
佐藤:そうですね。今ではフランス国内に、「ドアノー」の名前がついた通りや広場、小学校や幼稚園がいくつもあるんです。
おおうち:それだけ国として誇っている存在なんだね。
佐藤:そうなんです。面白いのは、私たちが見ても「いかにもパリ」というイメージの写真なのに、フランスの人たち自身もそれを好きだということ。
おおうち:確かにね。日本だと、いかにも“日本らしい”イメージって、少し距離を取りたくなることもあるけれど。
佐藤:でもドアノーの場合は、それがそのまま肯定されている。そこもすごく興味深いですよね。ドアノーの写真って、どこかノスタルジックな魅力がありますよね。やっぱり美しいし、懐かしさのようなものも感じる。
おおうち:パリ自体が、今でもあの時代の面影を残しているからね。
佐藤:以前、東京都写真美術館で展覧会をやったときも、来場者の方の会話を聞いていると、「懐かしいね」って言う方が多かったんです。でも、その人たち、実際にはその時代のパリを体験していないはずなんですよね。
おおうち:1ドル360円の時代だしね(笑)。
佐藤:それでも「懐かしい」と感じる。つまり、ドアノーの写真には、実体験を超えて共有される感覚があるんだと思います。本人は「後世に残そう」と強く意識していたわけではないかもしれない。でも結果として残っている。それはやっぱり、そういう普遍的な感覚を捉えていたからなんでしょうね。
おおうち:そうなんですよね。むしろ「残そう」としてやったものって、意外と残らなかったりする。何か別の目的のためにやっていたことの副産物として、結果的にすごいものが生まれる。僕、ヴィム・ヴェンダースが撮る写真がすごく好きなんだけど、彼って映画監督で、ロケハンのときに写真を撮っているだけなんですよね。でも、その写真がめちゃくちゃいい。それは「いい写真を撮ろう」として撮っているわけじゃなくて、「いい映画を作るため」に撮っているからだと思う。
佐藤:なるほど。
おおうち:もちろん一概には言えないけど、そういう“宝物が生まれる瞬間”って、狙っていると出会えない気がする。だから、たとえば街おこしでも「街を盛り上げよう」と前面に出すと、うまくいかない。結果として何かが起きる、という形じゃないと成立しない。
佐藤:確かに、そうかもしれないですね。
おおうち:ただ一方で、「これは残すべきだ」と判断して残していく人がいないと、結局は消えてしまう。
佐藤:そうなんです。作品が残るかどうかって、最終的には“誰かが残そうとするか”にかかっている部分もある。そういう人に恵まれていることも、作家にとってはすごく大きいと思います。
無駄打ちをしない。

おおうち:さっきも言いましたが、ドアノーって、一見すると“偶然の瞬間”を切り取っているように見えるけど、実はかなり作為的だと思うんですよ。
佐藤:私はそこまで計算しているとは思わないですけど(笑)。
おおうち:いや、絶対待ってると思う。5〜6時間とか(笑)。実際、アトリエでコンタクトシートを見せてもらったじゃないですか。あれを見て、1つのシーンで2〜3カットしか撮っていないことに気が付いたんですよ。
佐藤:そう。そうなんですよ。前後のカットがほとんどない。たとえば『最後のワルツ』の写真も、コンタクトシートでは本当に1コマしか残っていない。
おおうち:数時間待って、数枚しか切らないってことだよね。
佐藤:フィルムだからというのもありますが、それ以上に「無駄打ちをしない」意識が強かったんだと思います。
おおうち:だからこそ、一枚にすべてが凝縮されているんだね。あの奥の角にある、花嫁と花婿が走っている写真もそうなんですけど、あれは「結婚式」シリーズのひとつで……確か、未公開のものが後から見つかったんですよね?
佐藤:未現像フィルムではなくて、プリントがまとまって見つかったんです。たしか8年くらい前に。アトリエを訪れたときに、箱の中から大量に出てきて。
おおうち:そんな最近なんだ。
佐藤:そうなんです。その中には、有名な写真も含まれていたんですが、実はドアノーが戦時中に疎開していた先でお世話になった家の娘さんの結婚式の写真でした。つまり仕事ではなく、個人的に撮ったものなんですけど、それでも彼はちゃんとエージェントに渡して発表しているんですよ。
おおうち:ちゃんと発表しているのがすごいよね。
佐藤:はい。ただ、それ以外にも発表されなかったプリントがたくさん残っていて、それをまとめて本にしたら面白いんじゃないか、という話になったんです。ちょうど私が会社を立ち上げたタイミングでもあって、ある意味お祝いのような形で実現したプロジェクトでした。
おおうち:あれ、すごく良かったよね。
佐藤:ただ、今はもう手に入らないんですよね。
おおうち:結局、そういうものって、関係性の中から出てくるんだよね。近づくことで、初めて見えてくるものがある。
佐藤:本当にそう思います。
どういう関係を築いて、どう繋いでいくか。
おおうち:でも考えると、僕らが知っている以上に、いわゆる巨匠たちって膨大な量の撮影をしていて、その多くが“見える形”にならないまま終わっている気もする。
佐藤:それはあると思いますね。そういえば、私が最初にドアノーの仕事に関わったのは2008年でした。日本橋三越での展示がきっかけで、そのときに初めて「ドアノーって、こんなにすごい写真家だったんだ」と気づいたんです。それまでは「かわいいパリの写真」というイメージしか持っていなかったんですが、実際に作品を見て印象が大きく変わりました。
おおうち:そこから今に繋がっているんだね。
佐藤:はい。そのときの展示も、空間設計がとても印象的で。単に写真を並べるだけじゃなくて、空間全体で作品を体験させるような構成でした。それを日本でもやりたいと思って、小規模ながら再現したのが始まりです。
おおうち:フランスだと、キュレーターやセノグラファーって、作家と同じくらい重要な存在として扱われるんですよね。
佐藤:そうなんです。美術館の中にも専門の部署があって、しっかり育てられている。
おおうち:だから、展覧会自体がひとつの作品として成立している。その意識は、日本ではまだ十分に共有されていない気がしますね。
佐藤:実際に展示をつくるとなると、どうしてもコストがかかるんですよね。壁にそのまま並べるだけならお金は抑えられるけれど、それだとせっかくの空間や要素が活かしきれない。
おおうち:展覧会って、その場所ごとの特性が出てこないと意味がないと思うんですよ。巡回展でも同じで、「ここでやるからこそ感じられるもの」になっていないと、その場所でやる理由がない。その空間と作品をつなぐ役割が、いわゆるセノグラファーなんだと思う。
佐藤:本来はそこがすごく重要なんですよね。
おおうち:でも日本だと、そこに十分な予算も権限も与えられていないことが多い。細かく分業されすぎていて、展示デザイン、施工、グラフィック、それぞれ別の人が担当する。そうなると、どこで思想を通すのかが曖昧になる。本来は一貫していないといけないはずなのに。
佐藤:確かに、その構造はありますね。
おおうち:自由に提案する余地が少ない。本当はもっと良いものにできるはずなのに、できない構造になっている。でも、こういうのって結局、言い続けるしかないんですよね。僕もずっと言い続けてきた。そしたら少しずつ、「じゃあ一度全部任せてみようか」と言ってくれる人が現れてきて。そうやって機会が生まれて、今の仕事につながっている。
佐藤:最初にドアノーの展示をやったときに、フランス側のセノグラファーのローランスが来てくれていたんですけど、最近「オサムは私のセノグラフフィーの仕事を奪う気?」って冗談で言われました(笑)。
おおうち:いやいや、奪えたら面白いけどね(笑)。ローランスも本当に優秀な人で、ドアノーの娘さんともちゃんと関係を築いた上で空間をつくっている。ああいう関係性の上に成り立つデザインって、やっぱり強いんですよ。
佐藤:そうですね。
おおうち:結局、人生ってそんなに長くないから、どういう関係を築いて、どう繋いでいくかが大事なんだと思う。だからこそ、こういう縁から生まれた仕事は、ちゃんと大事にしていきたい。

会期:2026年1月30日(金)〜 2026年4月12日(日)
場所:art cruise gallery by Baycrew’s
東京都港区虎ノ門2-6-3
虎ノ門ヒルズ ステーションタワ ー3F SELECT by BAYCREW’S 内

